史上初?ホームレスの伝記映画 Stuart: A Life Backwards


タイトルは直訳すれば「スチュアート:ある逆回転の人生」
アル中で元薬物中毒、強盗・傷害・人質騒ぎで前科者のホームレスの伝記であり、彼と伝記作家との友情の物語。BBC2で2007年に放映されたテレビ映画です。

ホームレス、虐待、ボランティア青年との友情なんていうと、悲惨な物語になるか、あるいは偽善的なお涙頂戴映画になるか。でも、アナーキーなユーモアの持ち主のスチュアート・ショーター(トム・ハーディ)の生来の愛嬌と、スチュアートのユニークさに目を付けて伝記を書き始める数学科の大学院生アレクサンダー(ベネディクト・カンバーバッチ)のドライに見えて実はとても共感性のある人柄のおかげで、悲惨なのに笑ってしまう、でもいつの間にか目頭がじんわり来てしまう、どこかさわやかでさえある作品になっていました。

BBCの現代版「シャーロック」でベネディクト・カンバーバッチのファンにならなかったら、多分一生その存在に気づくことのできなかった映画かもしれません。わたくし、過去にファンになった俳優=ルトガー・ハウアーキーファー・サザーランド、ジャック・ダヴェンポートのおかげで、アクションからラブコメまであらゆるB級映画への耐性が出来てしまいまして、ベネディクトの過去作品にも覚悟して臨んだのですが・・・ベネディクトありがとう、売れる前からいい映画に出てくれていて!

「のんびり屋でやさしい子」だったスチュアートが、シンナー→ヘロイン、アル中、強盗、刑務所入り、ホームレスと人生のハシゴを踏み外し続けてきたのはなぜなのか、人は何故ホームレスになるのか、なぜホームレス状態から抜け出せないのか、という根本テーマもさることながら、アレクサンダーの草稿を読んで「クソつまんねー」と評したスチュアートの提案で「ベストセラー推理小説みたいに」逆回転、つまり大人時代(事件の結果)から子供時代(事件の原因)へと遡っていく、ユニークな語り方が効果的。脚本・演出・演技がかみ合っていて、見て絶対損のない作品だと思います。

  

この映画の(原作も)語り口の面白さは、スチュアートの社会からはみ出しまくったキャラクターだけでなく、語り部であるアレクサンダーのドライなユーモアセンスと、思想的な懐の広さに由来しているような気がします。

アレクサンダーは数学の研究者で中流階級出身、対するスチュアートはジプシーの父とバーメイドの母の間に生まれた労働者階級。しかも12歳で学校をドロップアウトしたジャンキーで前科者でホームレス。何から何まで正反対の二人ですが、アレクサンダーのいい所は、決して「まともな一般人代表」として上から目線で見下ろさないこと。だからスチュアートを「可哀そうな助けてあげなければいけない対象」ではなく、「一緒にいるのが楽しい」対等の友人として付き合う。料理を作ったり運転したり、不当逮捕されたホームレス施設代表者の解放活動で政治家に接見して話すのすら、スチュアートの役割。アレクサンダーは付き添うだけで助けず、あえてスチュアートに任せる。

この調子なので、当然?アル中のスチュアートを更生しようなどと全く思っていない。家に訪ねて行く時は必ず6パックのビールをお土産にして助長し、自分用のワインも持参して瓶からラッパ飲みしてるあたり、Black Booksのアル中古書店主バーナードと腐れ縁の友達フランを思い出してしまいましたw 

アレクサンダーから見たスチュアート像が分かるシーンをちょっとだけ紹介。広大な庭園のあるアレクサンダーの友人の家に泊まりがけで遊びに行った際、スチュアートが(多分唯一の)得意料理「囚人カレー」を振る舞おうと作るのをアレクサンダーが手伝うシーン。

スチュアート 「分かんないな。あんたは、何でそんなにホームレスに興味があるんだ?」

アレクサンダー「興味なんかないよ。時給が良くなかったら働いてないし。時給9ポンド(2200円くらい?)なら悪くないだろ。他だとシフトの仕事とかになるし。これ、もっと炒めるのか?」

アレクサンダー「なあ、もし僕が君を『ホームレスだから』気に入ったとしたら『プロらしくない言動』として、とっくに施設からクビにされてる。単に友人として君が好きなんだ。悪いか?・・・スパイス使う?」

スチュアート 「なんかヘンだよ、俺に言わせれば。なんでなんだ?」

アレクサンダー「・・・。君は面白くて、知的で、一緒にいて楽しいからだ。なんだよ?ラブレターでも欲しいか?もう、黙ってビール飲めよ*1

こら、「なんだよ、またBromanceかよ」とか言わないw!

アレクサンダーは、時に包丁を振り回して人質を取るスチュアートの過去をどれだけ聞いても、怖がることが一度もなく、他人から見れば「無学なソシオパスのホームレス」を「知的」と評して対等な友人になっています。これはアレクサンダーが「お小遣い稼ぎ目的でボランティア施設に勤めただけで、ボランティア精神がなかった」事が大きいかも。何しろスチュアートに会うまでは「なるべくホームレスたちに顔を合わせずに済むように、朝早くオフィスに行って閉じこもって仕事をする」ような人だったのでw 偽善さがない所が、この悲惨な物語が清々しく見える所以かな、とも思います。

ファンの身びいきかもしれませんが、スチュアートの演技でBAFTAにノミネートされたトム・ハーディはもちろん、何より原作者に「何の事件も起きない」「一番難しい役」と評されたアレクサンダー役のベネディクトのさりげない演技が素晴らしいです。とにかく表情が豊か。原作は映画に比べてスチュアートの暴力事件・迷惑な言動がノーカットで入っているので、スチュアートの存在感が絶大ですが、映画版はベネディクトの演技のおかげか、アレクサンダーの偏見と一切無縁の知的好奇心から始まった友情の物語としての出来も出色。色々な視点から見る事の出来る映画だと思います。おすすめ。
 

今のところDVDは輸入盤のみ。イギリスの放送形式ですが、PCかマルチ機能付きDVDプレーヤーなら視聴可能です。

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*1:ETA 22Aug2010 ラブレターのくだりが抜けていたので追記しました