Eric and Ernie鑑賞

2011年BAFTAテレビ賞で、現代版シャーロックのベネディクト・カンバーバッチ、11代目ドクター・フーのマット・スミス、常連の名優ジム・ブロードベントをおさえて主演男優賞を受賞した、スタンダップコメディアンのDaniel Rigby君。ノミネート作品は、イギリスでNational Treasureとまで呼ばれて愛された芸人コンビMorecambe & Wise(モーカム&ワイズ)を描いたドラマ"Eric and Ernie" *1 。演じたのは「のっぽでメガネ」の方、エリック・モーカム。世紀のハマリ役だったシャーロックのベネディクトを抑えてまで受賞したのはどんな演技?と、ちょっとイジワルな気持ちで見始めたのですが、冒頭からちょっとセピア色に加工した美しい映像で、モーカムの浜辺で想像力いっぱいに遊ぶやんちゃなエリックと、13歳で一人前の芸人として独り立ちした「可愛くて強いけど孤独」なアーニーの子供時代をホロ苦く描いた作風にスっと引き込まれてしまいました。

売れっ子になった時には既に40代だったモーカム&ワイズですが、出会った頃は、エリックは13歳、アーニー16歳で、まだ戦時中。このドラマで描くのは、誰もが知っている売れっ子になる前の、あまり知られていなかった十数年間。イギリスの至宝にもこんなに苦労した時代があったのかと誰もが驚く、いわばゲゲゲの女房」のイギリス芸人版でした。

何しろ実在の芸人さんなので、ドラマを見る前にちょっと予習しなきゃと、youtubeでMorecambe & Wiseを検索してみたら・・・

なにこれ、楽しい♪

英国全人口の半分が見たと言われる1977年のクリスマス特番は、今でもイギリスのバラエティ番組視聴率歴代一位。エリザベス女王さえ、この特番を見るためにクリスマスディナーのメインディッシュの出来上がりを1時間遅らせたそうです。*2

60年代後半から80年代初めまでずっと売れっ子だったので、日本で言えば、クレージーキャッツコント55号ドリフターズと全盛期が重なります。演芸場仕込みのタップダンスや二人で楽しくハモる歌ネタ、華やかなミュージカル映画のパロディが得意で、下ネタやあてこすりはなし。粋で上品な芸風なので、クレージーキャッツが一番近いかもしれません。

 
左:実物の二人。 右:ドラマの子役。ベッドのコントを思い起こさせる、巡業中の一コマ。

 

実はこのドラマ、ベテラン芸人Victoria Woodの原案。ヴィクトリアは、エリックの押しの強いステージママ、セイディ役を演じていて、陰の主人公とも言える存在でした。そして、昔から「ダダイズム化したモーカム&ワイズ」と言われていたVic & BobのVic Reeves*3をエリックの父親役に持ってきた素晴らしいキャスティングのおかげで、見応え十分。

もちろん主役のエリックを演じたDaniel RigbyとアーニーのBryan Dickも、決して物マネではない演技で、それぞれのんびり屋のエリックとプロ意識の高いアーニーを好演。特にBryan Dickは「イギリスのミッキー・ルーニー」として売り出されていたアーニーの粋なタップダンスをマスターしているのはもちろん、13歳で親から独立して子供スターとしてのキャリアを取った、骨の髄からのショービズ人間としての矜持と、周りの人の気持ちを感じ取る明敏さをとても上手く捉えていました。当時の視聴者の目にはボケ役のエリックの方が目立っていたようですが、ドラマではツッコミ役アーニーの重要さもちゃんと分かる、上手い演技、演出。Vic Reevesもいつものフリーダムぶりを封印したとても抑制のきいた演技で泣かせてくれました。大熱演のヴィクトリアはもちろんのこと、賞をあげるなら、ヴィックかブライアンなんじゃないかなと思うほど。とはいえ、Daniel君は何もしないで立ってるだけでエリックに見えてしまうほど、エリックのいつも周りの人を笑わせてしまう、(アーニーから見れば時々腹が立つほど)能天気でおっとりした雰囲気を完璧に醸し出していました。今年の主演男優賞は、ホントに接戦だったのだと思います。

テレビと相性のいい芸人のように見えたのですが、BBC黎明期に大抜擢で始まったレギュラー番組では、舞台出身の二人の魅力を否定してかかるBBCの脚本家に芸風を台無しにされ、あやうくキャリアの危機となる場面が描かれています。新聞の批評欄に「テレビとは、モーカム&ワイズの墓場である」とまで酷評され、大ヤケドを負わされた番組*4BBCは「わしが育てた」プロットだって十分描けたのに、のちの「国宝」に一瞬引退を考えさせたほどの大失敗をクライマックスに持ってくる、いわば「わしが潰した」プロットを描いてみせたわけで、結構な勇気です。このあたりは、演芸場からラジオ、そして開局したばかりのテレビへと活動の舞台を移す二人を追いかける事が、そのままイギリス演芸史にもなっていて、歴史的な意味でもとても興味深いドラマでした。

ただ、あまりにも丁寧に描いているためゲゲゲの鬼太郎」の連載が始まる前に終わってしまう「ゲゲゲの女房なのです。そ、その先が見たいんですが! みんなで一緒にBring me Sunshine歌いたいんですが!Positive Thinkingは歌ってくれたけど! ・・・続編作ってくれないかなあ。いや、むしろ朝ドラで半年くらいかけてじっくり見たいです。数々の名作コントの舞台裏もドラマ化してほしい。アンドレ・プレヴィンとの共演だけでも1週間もたせられるネタ。うーん、たった90分のドラマ一本にしてしまうとは、なんてゼイタクな。

おまけ1:エリックの本名はエリック・バーソロミュー。芸名のモーカムの名付け親は、実はお母さん。名前が決まる爆笑シーン。

セイディ:エリックの芸名をなんとかしないとねぇ。バーソロミュー&ワイズなんて、法律事務所じゃないんだから。そうだ、これだ!(地元新聞のMorecambe Visitorを夫に見せる)
ジョージ:エリック・ヴィジター?

テレビ見てる全員が「そっちちゃうやろ!!!」とツッコんでしまう名シーンでした。この二人のタイミングすばらしすぎるv

おまけ2:プライドの高いアーニーがツンデレなせいか、二人はドラマの中では結構ドライな友情に見えたのですが、実はとっても信頼し合って友だちであり続けていたんですね。終盤に、ショービズに人生を捧げてきたアーニーからエリックに言うからこそ、意味のある台詞がありました。

アーニー:コンビ芸人は友だち同士で始めるけど、いつの間にか友だちじゃなくなって、コンビとしてだけ続いていく。俺はそんなのは嫌だ。友だちじゃなくなるくらいなら、コンビなんか終わればいい。

BBCの番組が大コケして、芸人になんかならなきゃよかったとやる気を失っていたエリックが、この一言で一念発起。スタッフとの打ち合わせもアーニー任せだったのに、自分たちの魅力を見直して、再生へとつながって行きます。・・・やっぱりこの続きが見たいなあ。

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*2:女王さまは、エリックの銅像の除幕式にも出席されてるので、よっぽど大ファンだった様子

*3:クレジットは本名のJim Moir。見た目はエリック本人にとてもよく似ていますが、子供の頃はテレビを見るより外で遊んでばかりで、皆が思っているほどにはモーカム&ワイズの事は詳しく知らないそうです。

*4:エリックはこの新聞記事の切り抜きを生涯お財布に入れて持ち歩いていたそうです